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高松高等裁判所 昭和27年(ツ)4号 判決

上告人 控訴人・被告 三宮正敏

訴訟代理人 中沢良一

被上告人 被控訴人・原告 浜田多女治

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

本件上告理由は末尾添附の別紙記載の通りでこれに対し当裁判所は次の通り判断する。

行政処分に法律上の瑕疵があるときは、当該行政処分をした行政庁が自らその違法又は不当を矯正するためこれを取消し得るのを原則とする。しかしその取消は瑕疵ある行政処分により一旦形成された法律秩序を既往に遡つて消滅せしめる効果があるのだから、その取消には条理上の制限がある。即ち一般的には法律に特別の規定のない限り既成の法律秩序を破壊しても尚かつ違法又は不当な行政処分を矯正することが公益上必要である場合に初めてその取消は適法であると解せられる。

自作農創設特別措置法による農地の買収並びに売渡処分に関しては当該処分を為した行政庁がその処分に瑕疵のあることを理由として自ら後日その取消が出来るとする特別の規定のないことは所論の通りである。然しながらその処分に対する不服ある者の方からする訴願や行政訴訟による以外は行政庁の側において一方的にはその処分の取消は如何なる場合にも絶対に許されないとする所論は採用することは出来ない。

同法による農地の買収並びに売渡処分についても前述の原則により各個の事案について具体的にその取消が適法かどうかを決定する必要がある。

然らば本件についてこれを見るに原審が適法に認定したところによると「政府は控訴人(上告人)先代が本件農地の賃借人であると認めてそれを買収した上同人の相続人である控訴人に対し昭和二十三年八月三十日附の売渡通知書を発行交付してその売渡処分をしたものであるが、しかし昭和十九年以降昭和二十三年頃までの間被控訴人が控訴人あるいはその先代春水に右農地の耕作を依頼したことはあるがそれは日雇賃を払つて耕作して貰つたもので同人等に賃貸して耕作さしたものではないことが認められるので政府の右農地の売渡に関する処分には賃借人でない控訴人を賃借人と誤認した内容上の瑕疵があつたものといわねばならない。そしてその売渡に関する処分が取消されたのはこの事実の誤認に基くその成立の瑕疵を理由とするものであることが認定できる。」とあり、要するに本件農地は被上告人の自作地であつて買収の対象となるべきものではなく、従つて当該農地の小作農でもない上告人に売渡さるべきものでもない。

想うに自作農創設特別措置法において買収さるべき農地及びその売渡の相手方についての規定は同法の目的とする自作農創設の為の最も重要な規定である。それ故にその定める対象を誤認して為した買収並びに売渡処分には重要な点に違法あるものといわねばならない。従つてその違法な処分に不服ある者が訴願を為し、行政訴訟を提起した場合には通常その処分は取消を免がれないであろう。

然るに本件のように不服ある者が出訴期間を経過しその者には既に救済の手段がない場合に於て当該処分庁が自らその違法を認めてその処分を取消すには右の様に単に違法があるというだけでなく更にその取消によつて失われる上告人の利益と取消によつて得られる公益上の必要とを比較考慮しなければならない。本件については上告人は原審に於てこの点について特に主張立証するところがなく又本件記録を精査するも違法な処分によつて設定された上告人の権利以外にはその取消によつて第三者の権利を侵害することも認められない。却つて違法に侵害した被上告人の権利の回復を計りひいては前記法律の規定を遵守することによる公益上の利益を認めることができるのである。されば原判決がその取消を認容したことは相当である。

憲法第二九条による個人の財産権はその個人の法律上正当に有する権利の意味である。上告人の本件農地に対する所有権は前述の様に取消さるべき運命にある権利である。その取消を受けるまでの間に上告人が本件農地に関して右瑕疵ある所有権以外に適法に取得した権利のあること、それが取消によつて侵害されることの主張も立証もない本件においては右違憲の主張の理由ないこと明かである。本件県農地委員会の売渡計画の承認には取消権留保の附款があつて、その附帯条件に基いて右承認が取消されたように形式上なつていることは所論の通りである。

農地の売渡計画の承認にこのような条件を附することは法律の認めるところでないからその条件そのものが無効であることこれ又所論の通りである。

然しながら本件承認についてその内容に瑕疵があるときは右の様な条件の有無にかかわらず取消すことが出来ること前述の通りである。

原審はその承認の取消は形式上は取消権留保の附款によつているようであるが実質は承認そのものに前述のような瑕疵があつたからであるとし、しかもこのような形式上の瑕疵は重大なものでなくその承認の取消を無効とするものでもなく、ましてその承認の取消に基く知事の売渡処分の取消まで無効とするいわれはないと認定しているのであつてこの点について所論のように採証の法則を誤り理由に齟齬ありとの主張は採用する限りでない。

よつて民訴第四〇一条第九五条第八九条に従つて主文の通り判決する。

(裁判長判事 石丸友二郎 判事 萩原敏一 判事 呉屋愛永)

上告代理人中沢良一の上告理由

原判決は自作農創設特別措置法並憲法の解釈を誤つた重大な違法がある。原判決は自作農創設特別措置法(以下自作法と略称)に基いて政府がなす農地の売渡に関する処分は一つの行政処分であつて、行政処分はその取消を禁止する旨の特別の規定のない以上その成立にかしがあれば原則としてその取消が許さるべきものであるとの独断の下に自作法その他の法規中に農地の売渡に関する行政処分の取消を禁止する旨の特別の規定はないので上告人(控訴人、被告)を本件農地の賃借人と誤認した内容上のかしがあるから行政庁がその売渡に関する本件処分を取消したのは適法であると判断し上告人の主張(本件農地の売渡に関する処分の取消及被控訴人に対する売渡処分は何れも法律上当然無効であるとの主張)を排斥した。然し乍ら憲法第二十九条に依れば「財産権」は不可侵であり、公共の福祉に適合するように「法律」によつてのみ制限せられ且私有財産は「正当な補償」がなければ公共のためにも用いられてはならないことが保障せられている。然るに本件農地は上告人が自作法の規定に基き適法に売渡を受け所有権を取得した「財産権」であり従つて此の既得の「財産権」を制限することが可能なためには憲法第二十九条第二項の規定により特別の「法律」の規定がなければならないことは謂う迄もない。原判決は行政処分はその取消を禁止する特別の規定がない以上その成立にかしがあれば何時にても(処分後たとい数年又は数十年を経過しても?)行政庁自らその処分の取消が出来る旨判示しているのは正に右憲法第二十九条の解釈を誤つたものである。

そもそも自作法の規定に依れば農地の買収並売渡は厳格にその手続方式を規定せられた要式行為であり此の規定によつてのみ買収並売渡が行わるべきであることは謂うを俟たない。然るに右一旦買収並売渡を終了した農地を政府自ら取消すことに付ては何等の規定なく唯買収並売渡計画に対し不服あるものは異議の申立、訴願を為すことが認められ(自作法第七条)更に法の規定により一定期間内にのみ訴訟の方法により取消を求めることが許される(法第四七条の二)ことになつているが右以外の方法により買収並売渡処分の取消を求めることは自作法の認めないところであり之を出訴期間経過後一方的方法により取消すが如きは絶対法律上不可能であり恰も確定判決を裁判所自らが一方的に取消すと同一効果になる訳である。況や県農地委員会が農地売渡の承認に際し「条件附承認」を為すが如きは全然法の許容しないところであり(自作法第八条……知事の農地に関する所有権移動の許可農地返還の許可等に付ては法は明文を以て条件を附することを得る旨規定(農調法第四条及第九条)してあるが買収並売渡の承認に付ては斯る規定はない)……斯る強行法規に違反してなされた条件承認の「附帯条件」なるものは法律上当然無効であり此の無効なる条件を前提としてなされた県農委の本件承認取消決議並知事の取消処分は法律上単なる手続上の違背に止らず絶対無効であり対外的に何等効力の発生しないものである。原判決は上告人主張の如き附帯条件の有無にかかわらず取消すことが出来る旨判示しているがその不可なることに付ては前掲の如く自作法並憲法の解釈上当然のことであり、又本件行政処分の取消が右附帯条件に基いてなされたことは弁論の全趣旨及原審の援用する証拠によつて明かである。

尚原審判決はその理由に齟齬あるものと謂わねばならぬ。即ち原判決は行政庁が本件行政処分を取消したのは「賃借人でない上告人を賃借人と誤認した内容上のかしがあつたから」であると認定しているが之は全く採証の法則を誤つたものである。行政庁が本件処分を取消したのは成立に争ない甲第二号証によつて明かな如く「本件買収計画承認の際の附帯条件を以て別紙目録記載農地(本件農地)の買収計画及売渡計画の承認を取消」したものであり、原判決認定の如く「上告人を賃借人と誤認したかしに基くものではない。(却て右甲第二号証によれば「昭和二四年八月五日附農地買収計画承認取消申請の件については申請理由は認め難い」として被上告人が本件農地の正当耕作権者であり上告人が賃借人でないとの申請理由は排斥されている。)然るに原審は右の如く行政庁が取消の理由として認めていない事柄を「内容上のかし」であると独断し採証の法則を誤つて本件取消の正当性を理由づけているのは原判決の理由に齟齬あるものと謂わねばならない。

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